第4談 続② お釈迦さまに想う

第4談 続② お釈迦さまに想う 2020年(令和2年) 4月10日(金)

愚僧が思うに、この娑婆世界では 大きな喜びの陰には、大いなる悲しみも あります。

例え 、幼い頃から何でも欲しいものは与えられ・何不自由なく大切に育てられた王子でも『生後 間もなく実母との死別や、本当の母と思っていた育ての親が「叔母」と知り』 幼心に2重のショツクを受けたようです。

そして、実の母とは「 どんな人だったのか・なぜ亡くなったのか・人は死ぬとどうなるのか 」などと悩み続け、実母への思いは ますます心に膨らみ、この世の無常を知り得たのでは、ないでしょうか?

お釈迦さまも実母の愛情を知らずに成長し、不憫な子供時代を歩んだのでしょうネ?
その後、父や義母・周りの人達にも甘える事も無くなり、独り塞ぎ込む日々を送ったようです。

そうした中で王子は、いつしか城外に目を向けるようになりました。

『 ある年の春、農耕の祭典に土から掘り出された小さな虫が一羽の小鳥に食われてゆく・他国との領土問題でのトラブルで敵味方に多数の戦死者が出る・カースト制度ヒンドゥー教の教えに基づく4つの身分制度)による人間の区分 』など。

お釈迦様の時代も・拙僧の生存する現代もナゼ?
身分制度による社会差別や富豪と貧困の差が未だに存続、また生き物は互いに殺し合わなければ生きていけないのか? 』
いつまで続く『 強者は勝ち誇り・弱者は泣きを見る 』は、未来永劫か!

弱肉強食の世の理不尽さに、深く考え込み気持ちの晴れる日は、無かったのでしょう!事実、この愚僧も幼少の頃から今でも、これらに付いては 不可思議に思っている次第であります。

【 出来る事なら、この世に生存する全ての生物は皆 仲良く共存共栄して行く事に、真の価値があるのでは 】と、心底 想う今日この頃です。

このような苦言は「 良薬は口に苦し 」とも言い、耳に痛く 聞きがたしかナーと?
今日は此の辺で、お休みしたいと思います。 合掌再拝・・・また次回をお楽しみに!